2014年06月

土風炉の制作に力を入れていた訳は

_DSC0404.JPG image1.jpg

 千家流の式正(正式)な風炉は土風炉です。その為に表千家では土風炉には正式な灰形として《鱗灰》をする事が約束となっています。ただ、鱗灰はよくよく灰と灰形に慣れた方で無いと容易にはできません。で、いきおい表千家の方々は土風炉を避けて、唐銅風炉や切合せ風炉を求める方が多くなります。しかしながら、正式な風炉である土風炉を一つはお持ち頂きたいと考えます。

 さて、裏千家の方はと申しますと、真のお点前で使用する以外は鱗灰はせず、様々な灰形が出来ますしいつでも使用が出来ます。歴代のお家元様にも僅かに唐銅風炉の好み物がありますが、正式には土風炉を使用するのが習いです。お家元様でも好物と切合風炉以外は土風炉しかお使いになられませんので、裏千家の方は先ずは土風炉を持たれれば間違いがありません。

 正式な風炉であるのにお稽古などで土風炉を使用されている方が少ないのには訳があります。まず、油煙風炉とも呼ばれる利休時代からも使われていた土風炉が高価である事。地元の土風炉師でもあります山崎宗元氏の作品はとても品が良く素敵な風炉ばかりですが、通常 七十万円~百万円前後の価格です。九州の伊藤征隆氏の土風炉でも一尺一寸の通常の品は小売価格で三十万円以上はしています。小売店さんからお求めになられた場合は実際には若干の値引きがあると思いますが、それでもお稽古に使用するには少々お高めかもしれません。また、それらの土風炉は低温で焼かれるために、趣きはあるのですが柔らかてく欠け易いという点もありお稽古使いには気を使います。

 お稽古用の安価な土風炉に素焼きの土風炉に合成漆を塗ったものもあります。しかし、炭火の熱でどうしても漆の部分が剥離してきます。私も以前は漆塗りの土風炉も稽古で使用してみましたが、痛みがあまりにひどく買換えを何度か繰り返した事があります。

 数年前より、懇意にしている窯元の方に土風炉制作を依頼していました。高温で仕上げる為に、歪みます・切れます・ムラも出ます…なかなか思い通りの作が仕上がってきません。今年に入りようやく見えてきました…これならいける…色・艶・形・強度…そして価格も何とか抑えて。

  仕上がりました crying 自信作!・・・と言っても、私はうるさく口出しばかりでしたので、窯元の方には感謝いたしております。

ここ二週間で…Ⅱ

『5時間から5時間半後にはそちらへ着くから!』

そう電話で告げて池田町を後にして名古屋へ向かう。

ところが名神が工事のために ず~~~~っと一車線で渋滞・・・

止まった所で 『悪いけれども遅れそうだわ』 と電話

一宮インター手前でストップ!大渋滞・・・・・

再度電話

  『ごめんね…そちらへは向かっているので必ず行くから待っていて…』

インターを降りて一般道へ出てひた走るcar dashdash

3時間遅れで名古屋へ入り、仕事を終えて。

土岐へ向かい、東海北陸自動車道へ⇒金沢には27日の未明に着きました。

27日の夜は茶道教室の稽古を入れてあったので稽古を見て23時過ぎに終え、

その日はゆっくりと自宅の布団で眠れる喜びを感じました。

28日からは日中溜まっていた仕事をこなして、

その夜は地域の《自主防災会》の総会

翌29日の夜は自身の公務における諮問機関の方々にお集まり頂いての委員会。

30日は同じく館長を務める公民館の委員の方々にお集まり頂いての説明会…

限りなく続いている日々の業務や予定に忙殺されないようにしなければとの思いを強く持つこの頃です。

 

ここ二週間で…

5月20日に京都の稽古場へ行きました。

21日の21:00から山中温泉で社中の男性が秋に行う予定の茶会の下見に行きました。

22日は地元で統合された小学校の記念祝賀会が市内のホテルであり、

夜ホテルから帰って後 出張の準備をし、

日付が変わって23日…深夜の2時に車で出雲へ向かいました。

途中、車中で仮眠をしてからは7時間ノンストップで出雲に着き、

DSC00216.JPG

先ずは 出雲大社 で参拝を。。。。

ず~~と念願であった出雲大社での参拝で若干目頭が熱くなりました。

主となる遷宮を終えたとはいえ未だ遷宮の半ばでもあるお社をゆっくりと廻り。

夕方には講師としてお声かけ頂いた出雲の原壽園様へ伺い打ち合わせ、

翌24日には、灰形講習茶の湯の中の陰陽五行 の講演をし、

25日は夕方まで実技の講習会を…終えて、山陰・山陽を横断して四国へ入り、

香川の観音寺市で2週間前に同地に赴任したばかりの娘と会って食事をし、

26日は徳島・池田町のお客様の元へ。

予定では徳島から金沢へ帰る筈でしたが、急遽名古屋へ向かう事となり、、、、、、、続く。